First Brough

最初のBrough Superiorは1920年に発表されMk1と命名された、エンジンはボア・ストローク90X77.5mmのJAP986ccのO.H.V.エンジンと1921年から生産が開始されたボア・ストローク85.5×85mmのSVエンジンの二種があり、それぞれ、Mk1OHV ・Mk1SVと区別される。ダイヤモンドフレームと、エンジン前方下部にまとめられた排気管が特徴である。1922年モデルまでのフレームはモンゴメリーが制作していた。

英国ナショナル・モーターサイクル・ミュージアム所蔵の1921年型 MK2

これに続くモデルMk2は、スイス製のM.A.Gエンジンを搭載した、このエンジンは、I..O.E (Inlet over exhaust : S.VとO.H.Vの複合)エンジンで748ccと996ccの2種類のモデルが生産された。
※この画像は資料を基に合成したものです。
初期のBrough3番目のに企画されたモデルMk3は、Barry & Strous社のスリーブバルブ弁機構を持ったエンジン999ccが搭載された、このエンジンは2サイクルのポートのように穴のあいたシリンダースリーブを、タイミングクランクによって上下運動させ、吸、排気行程を行うもので、専門家は、部品点数が少なく静粛なエンジンと評価したが実際にはオイル潤滑と熱変形の問題が解決されていなかった、この欠陥により、このモデルの生産は中止された。
ブラフ・クラブのテクニカルアドバイサーであったW.S.GIBBARD氏の著書メンテニング・ユアー・ブラフシューペリアの記述では、Barry&Strous製エンジンを積んだMk2と書かれている。
1922年7月8日 M.C.C主催のSolo Handicap Race(560cc以上の競技車には、ハンディが課せられる)に優勝した、G,ブラフとオールド・ビル(JAP SV981cc)フレームは、Mk1に補強を加えたダイヤモンドタイプ。
この時期、平行して開発されていたJAP4カムシャフトSV976ccエンジンの‘OLD BILL’で自らレースに出場した創業者G・ブラフは各地のレースで大活躍を始めブルックランズ・トラックではSVエンジンのマシンとしては史上初の100mphをマークし、さらに直線路のレースでは、52レース中51の優勝を飾った、唯一トップとなれなかったレースは、ゴール前のパンクが原因であった。
SS80 22〜23年型 クレイドル・フレームとなり、高速走行に対応した車体となった。
‘OLD BILL’をペースに量産に移されたSS80は、1922年に発表され、これをテストしたMotor CYcle誌は“The Rolls Royce of Motor cycles”のニックネームを贈り讃辞した、このニックネームは後日Rolls Royce社の抗議を受けたが、カタログに Vide The MOTOR CYCLES 〈モーターサイクル誌が申し述べた〉の一行を加えて使用した。Brough Superior社は、この後1924年にスポーツモデルSS100を発表し、トップクラスの重量車として不動の地位を築き上げてゆく。