| 1920年、G・ブラフが自分自身のモーターサイクル工場を設立したころ、イギリスの大型二輪車市場の大半は、アメリカ製のインディアンとハーレーダビッドソンによって占拠されていた。しかし、デザイナーとしてだけでなく、制作者としても父ゆずりの優れた才能を持つG・ブラフは、またたくうちにブラフ・マシンを第一級のモーターサイクルに仕上げてしまったのである。 製造を開始して2年目には、すでにイギリスのトップクラスをゆく重量車として不動の地位をきずきあげていた。当時の若者やなんでも最高級品を持ちたがる連中にとって、Brough Superiorは正に羨望の的であった。B・Sマシンを持たない唯一の理由は、彼らにとってそれがあまりにも高価であった、というのが真相であろう。1930年頃、有名なベロセットのOHCレーサーKTTが、80ポンドで買えた時代に、JAPエンジンを搭載したSS100は、180ポンドで販売されていた。 |
